新しく、学習援助をして頂けることになった高知大学のS木先生。この日の参加者は学習協の会員5人です。最初なので「資本論の方法」の書かれた歴史的背景について語って頂きました。
一つは、宇野学派に対する批判という側面があるということ。もう一つは、新講座派に対する批判もあるということ。もちろん、ヘーゲル哲学の考え方についての講義もありました。
これまで、フォイエルバッハ論の理解で、ずうっとひっかかっていた問題が氷解しました。新日本版31P
@哲学の根本問題で、唯物論と観念論の考え方で、自然を本源的と見た人達が唯物論の陣営を作ったと。これは分かりやすい話しです。
Aいま一つの側面として、世界とわれわれの関係。思考は現実の世界を認識出来るのか。という問題が提起されています。
この部分はもう何回読んだかわかりません。
この日の講義で、マルクスの弁証法の考えの理解の違いが、学派間の違いとなっていること。
弁証法の方法として、分析と綜合を繰り返し、もっとも抽象的なカテゴリーから具体的なカテゴリーに上昇していくことです。論理の歩みが歴史の歩みに必ずしも一致していないということ。
人間の認識の仕方にも、順番があって、一挙に到達は出来ないけれども、しかし認識できないなにものかは存在している訳ではなく、不可知論の入り込む余地はないということを頭の中で整理することが出来ました。
するとAの部分の理解に深みが出てきます。
やっぱり学ぶことは楽しいですね。

