2010年10月08日

雑誌「経済」に霜田さんがのる

霜田さんは、知っている人はしっていますが、なんと32才という若さですぴかぴか(新しい)

青年といってもおかしくありません。

経済の往復書簡「内田樹×石川康弘」のあとの、87ページからのっています。
しかし、その後の「漫画・サブカルチャー体験と若者」には、ついていけない‥
「マンガは読まないからなあ」と、会話したところでしたるんるん


経済 2010年 11月号 [雑誌]

経済 2010年 11月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 雑誌



「資本論で社会を語ってみた」
霜田博史(しもだひろふみ・高知大学准教授) 高知県学習協副会長

 この間、私は高知県労働者学習協議会(高知県学習協)が主催している、「一八歳からの資本論」講座に講師として参加しています(取り組みの詳細は、本紙五月号で紹介されています)。この講座には、二〇代から七〇代まで、幅広い年齢層の人たちが参加しています。今回は、高知県学習協が主催している資本論講座の取り組みを通じて私が考えたことを中心に、若い世代が『資本論』に取り組んでもらうための方法についてご紹介していきたいと思います。

●一人ではタイヘン、グループ学習のすすめ
 すでにこれまで、いろいろな人が資本論の魅力と内容について書かれたり、話されたりしています。資本論は、誰もが指摘するように、初学者には非常に理解が難しいものです。したがって、初学者である若い世代の資本論読者は、これらの入門書から全体像を大づかみに理解したうえで、実際に資本論に取り組んでみる、ということになるでしょう。資本論にとどまらず、マルクスに関心をもったら、いろいろな人におすすめの本を紹介してもらい、イメージを作っていくところから始めるのがいいと思います。
 とりあえず『資本論』に関心を持って、入門書なんかにも目を通し、さあ実際読んでみようかとなったとしても、ことは簡単には進みません。マルクス自身が「フランス語版への序言とあと書き」に書いているように、資本論は最初の部分がとりわけ難しいことが知られています。マルクスが言うには、「すなわち私が用いてきた、そして経済的諸問題にはまだ適用されたことのない分析の方法は、はじめの諸章を読むことをかなり困難にしています」(『資本論』@31ページ、ページは新日本新書版より)、ということです。しかし、そこを乗り越えなければ理解は進みません。「学問にとって平坦な大道はありません。そして、学問の険しい小道をよじ登る労苦を恐れない人々だけが、その輝く頂上にたどり着く幸運に恵まれる」(@32ページ)のです。
 そこで、どうするか。この間の高知県学習協における『資本論』学習会の取り組みから私が思うのは、一人で学ぶのはたいへんなので、『資本論』を読み進めるためのグループをつくって学ぶことをおすすめしたいということです。グループで学ぶことによる効果は、私が見る限り大きくは二つあります。

●まず“集まろう”と呼びかけることから
 まず一つ目は、グループで学ぶ際には、集まる時間を設定するために、とりあえず先に読み進める動機付けを与えてくれることです。そして、グループで学ぶというやり方は、一方的に話を聞くスタイルではないために、参加がしやすいということです。
先に読み進める動機付けという点は、グループで学ぶことの非常に大きな力です。分からない部分があっても、他の人に質問をして話し合うことで理解が深まりますし、お互いに励ましあいながら先に進めていくことができます。そして、仮に時間がとれず読めなかったとしても、他の人の理解を聞いて勉強することができます。
そうはいっても、『資本論』を読み進めるためのグループをつくることがたいへんだということになるかもしれません。まわりに手伝ってくれる人があまりいなければ、高知県学習協のような学習組織は各県にあるので、そういった学習組織に手伝ってもらって始めるというのも一つの方法だと思います。
また、グループをつくろうと思っても、人が集まるのだろうか、ということもあります。高知県学習協が『資本論』講座を始める時にも、『資本論』は難しいという先入観をみなが持っているのではないか、ということから、人が集まるかどうかという心配がありました。しかし、始めてみれば、二〇代の若い世代も含めて二〇人ほどの人が定期的に参加してくれています。やはり、まず誰かが呼びかけて始めてみれば、案外にうまく進むものではないかと思います。

●年齢を超えて経験を聞き、理解が深まる
 グループで学ぶことのもう一つの効果は、他者の経験を知ることで理解が深まるということです。これは、とりわけ年齢が異なる人たちが集まるほうがより効果があります。
 『資本論』はもともと一九世紀のイギリス社会を念頭に書かれているために、現代の私たちには理解を困難にしているところがあります。ただそれだけではなくて、高知県学習協の『資本論』講座を見ていると、若い世代の人たちは、どうしても社会経験が足りないために理解が及ばないところも多々あります。そこで、年代の異なる人たちとともに学んでいると、若い世代の経験不足を補い、理解の手助けになります。
 例えば、『資本論』第三章は「貨幣または商品流通」となっています。具体的な理論的課題としては、インフレーションがあげられます。しかし、今の二〇代の若い世代は、物価が急速に上がりつづけるという直接的な経験はもっておらず、なかなか議論がしにくいところでした。そこで、一九七〇年代のオイルショックなど物価騰貴を直接経験している世代の方々が実感を語ってくれると、若い世代にとっては理解の助けになりますし、上の世代の人たちも、自身の経験を振り返ることで、同時に『資本論』の内容と結び付けて理解することができたようです。
 このように、異年齢の人たちがグループで学ぶと、さまざまな現実の姿や実感を出し合うことができ、『資本論』の内容をより深く理解できるようになります。マルクスが執筆した時期からすでに一五〇年ほど経過していますが、『資本論』の枠組みは資本主義を理解する上では未だに有効です。現在生活をしている私たちは、『資本論』の内容を理解する、ということも大事ですが、同時に、『資本論』を今の自分たちの社会を説明するための有用なツールとして、『資本論』にもとづいて現実を語ってみる場をつくるとことが重要であると思います。

●『資本論』で社会の現実を語ってみる
 そうはいっても実際、『資本論』を読み進めていくことはなかなか難しいことです。しかし、落ち込むことはありません。そもそも『資本論』という書物は、繰り返し読むと、そのたびに発見があるような深さがあるからです。
 たとえば、高知県学習協の資本論講座では、身近な事例や体験を議論して、議論した内容を模造紙に表現してもらう、という取り組みをしています。議論の内容は、受講者の率直な意見や思いなども出してもらっています。受講者から出た意見をご紹介すれば、「今の社会はカネばかり追求する社会」、「ダイヤはキレイだから、手間がかかるので価値があるのではないか」、「申請しないと残業にならない(不払い労働の問題)」、といった、実感に即したものが多くでてきます。
そこで、最初から『資本論』を正確に理解しよう、ということを目標におくのはハードルが高いので、とくに若い世代の初学者の人は、『資本論』を通じて自分と社会の現実を語ってみることをおすすめしたいと思います。それによって『資本論』は世界を理解するのに役に立つということを実感するという効果をもちます。
高知県学習協の『資本論』講座では、『資本論』の解説書をテキストにして、『資本論』第一巻の全体像を理解することに重点をおいて進めています。『資本論』の原文にあたって深く理解しようという意欲を高めるには、まずは『資本論』の全体像を理解しておくことが力になると考えたからです。毎回の講座では、講義レジュメと内容にそった論点を用意し、グループで議論をします。その際に、できるだけ現実の問題とかみ合わせるような論点を考えるようにしています。こうした取り組みは、今のところ上手くいっているようで、「資本論の中身に今の実際の生活をからめて楽しく交流でき、難しそうで気が乗らない原書に触れてみようかと思えました。」(20代受講者の感想)などと好評です。

●入門部分はていねいに、まず場所づくりから
 この経験から思うのは、初学者が『資本論』の原文を読むに至るまでの入門的な部分のステップを丁寧に組み立てることの重要性です。とりあえず、読んでみるということをしなければ、『資本論』の意義は感じられない。しかし、読み進めていくにはハードルが高い。そこで、とりあえず読んでみよう、となるように、「『資本論』をいっしょに学んでみませんか」と呼びかけ、場所をつくっていくことが大事ではないでしょうか。一度その場所ができれば、そこから広げていくこともできます。
一般的に入門的な講座をつくろうとすると、講師の先生にできるだけ易しい内容の講義をしてもらう、ということになると思います。しかし一方的な講義だけでは、そもそも扱っている内容が難しいだけに、受講者にとってはついていくだけで大変です。また、『資本論』講座を開講すると、『資本論』第一巻の内容に限るとしても、内容が豊富にあるためかなりの時間を割くことが必要になります。そこで、受講者が継続的にいくのか、ということを考える必要があります。今、高知県学習協で工夫しているのはこの点です。高知県学習協の資本論講座では、受講者が講義を聞くだけではなく、グループに分かれて議論をするということを重視しています。また、議論の結果を模造紙に書きこみ、それを最後に全員の前で説明してもらっています。こうすることで、受講者の人たちが、参加するだけという受け身の姿勢から、積極的に学習会を作っていこうという主体的な態度で参加してくれていると思います。

●『資本論』をあたり前の「教養」に
 講座では、五〇代以上の世代の方の中で、「『資本論』を読んでいないことが恥ずかしい」といった感覚をお持ちの方にお会いすることがよくあります。『資本論』が一つの「教養」として読まれていた時期があったのだろうと思います。現在も「教養」としての意義が落ちたということは全くないと私は思いますが、そうした雰囲気は若い世代にはあまりないようです。
 そこから、若い世代に『資本論』を語るために、まず「教養」としての『資本論』を復権するためにはどうしたらいいのか、ということも考えてみる必要があります。「教養」として共有されなくなってきたのがなぜかということは、今回は紙幅の関係もあり、今後の私自身の課題です。さしあたり、まずは『資本論』を読まねばならない、という雰囲気をつくっていくために、学習会の取り組みを地道に行っていくことなのかと思います。それを通じて、若い世代の中にも一定「自分の言葉で『資本論』を語る」という雰囲気ができれば、という思いで、高知県学習協の取り組みを続けていきたいと考えています。■

posted by 井上 at 13:29| Comment(0) | 資本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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