2012年08月13日

ゆっくりと休養すると見えてくるものもあるんですね

この間のお休みは、家族旅行をしていました。
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おちびちゃんと、長女の希望にて関西方面にお出かけでした。
2人とも大喜びだったのでまた機会を見てお出かけしたいと思います。

私はというと、充実した日々だったのですが、持病のメンタル(強迫性障害。思考障害のタイプ)の状態が客観的に分かることとなりました。
なにせ完全休養にもかかわらず、症状が出る時間帯があるのですから。
新事務局員のD井さんも、私とは違う症状(いわゆるパニック障害)ですが、メンタルの持病持ちです。
そこで、私の問題意識を話すと賛同して頂けました。

私は、統合失調症や気分障害という重い(という表現が正しいかどうか)ものはとても無理だけれども、不安障害に分類されるメンタルは、これからの自分達の『学習』(経験の方がふさわしいかも)によって、軽減できるという考えです。もちろん投薬治療と合わせてですが。(DSМWのカテゴリー)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%81%A8%E7%B5%B1%E8%A8%88%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D

簡単に言うと、例えば蛇を見て「怖い」と思う感情を持ったとしましょう。
「怖い」という感情は、生まれつき持っていたものでしょうか?
ちがいますよね。子どもの頃からの学習と経験によって、「怖い」という感情を持つように「訓練」されてきたのです。

そういう意味では、認識論の中に入る問題だと思いますが、われわれの「陣営」を見まわしてみても、このことに問題意識をもっている人がほとんど見当たらない(もしいたら紹介してください。症状をもっている本人も含めて)のではないかと思います。
大抵は、病気だとレッテルを貼ることが多いですよね。良くても、そうした事も踏まえてどういう活動や仕事をしていくのかというプログラムを考えて頂くということです。環境は極めて大切なことなので。

はてさて、科学的社会主義の立場からはどう問題を立てるべきでしょうか? 例えば、蛇の「怖い」という感情の他に、発作が起こったとしましょう。この発作に苦しめられて、いや、発作が起きるのが怖くてその人の行動が制限されるとしたらどうでしょうか。本人の意思とは無関係に発作が起こってしまうのです。

これは、本質的に認識論の問題であると私は思っています。
子どものころから形成されてきた認識が、外界をどう反映しているのか。中枢神経系はどう反応したのか。
100人に1人(強迫性障害だけでも)。不安障害全体ではもっと多く、30人に1人以上? 恥ずかしくて人には言えない方もたくさんいますし、本人が病気(症状によって苦しめられて、治療が必要かどうかが基準になります)だと思っていない場合もたくさんあります。私は、この問題に挑戦していきたいと考えています。

これからは、資本論学習と並行して10年前から中断していた唯物論の立場にたった心理学の学習をすすめていきたいと思います。
社会主義者の心理学 [単行本] / 乾 孝 (著); 新読書社 (刊)

いい本を見つけたので、まずはこれから学んでみたいと思います。
新しい、ブログのカテゴリーも考えた方がいいかな?
posted by 井上 at 14:15| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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