2012年10月22日

疑問は疑問のままだった

昨日は、「貧困問題を考える」という記念講演会に出かけて行きました。
休みの日の学習会参加は、今の体調を考えるとちょっとオーバーペースのようです。

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この日は、生活保護バッシングがの強まる中、多発する孤独死を考えるタイムリーな企画でした。
内容も、寺久保さんの新しい著書と本日発売の雨宮さんの著書をペースにしながらのお話しでした。

ここからは、私の関心にそって書いていきたいと思っています。
雨宮さんは、「大変な状況になっている本人からのSOSが出にくくなっている」特徴があると。
@当事者の自己肯定感がないといけない。自分が生きていてもいい存在なのだ。社会的に価値がある存在なのだ。
A社会・他人に対する信頼が必要ということ。「生活が大変だ」と言うと、また貧困ビジネスのカモにされるのではないか。いままで徹底的に社会に騙されて生きて来たということ。
この2つのことが背景にあると言われました。
さらに、生活保護受給者は、普通の20代の自殺率の6倍自殺率があるという話しが印象に残りました。

はてさて、人間はどんなになって自殺するのでしょうか?
私は、10年ぐらい前です。気分障害(うつ病、躁うつ病など、気分感情を自分の意思でコントロールできなくなる状態)を発病して、抗うつ薬を飲んでいましたが、さらに頑張ろうとした時「死にたい」という症状があらわれました。この「死にたい」という自殺念慮こそ、気分障害の典型的な症状なのです。
アメリカの統計では、男性の生涯有病率が1割。女性は2割に達します。あわせて3割の人間がかかるありふれた、しかし、症状は重い病気なのです。(貧困が見えないのと同じで、気分障害も見えない病気なのではないかと思います)。
私は、その時まで「気分障害」という言葉は知っていました。自殺も多いという問題だと受け止めていました。しかし、この両者は、自分が気分障害という状態になって初めてつながりました。
私は、幸い経済的にも恵まれていましたし、回りの理解がありました。長女が生まれてすぐだったので、離職して子育てと療養の日々を過ごせれたのが、現在の私と、今の運動の糧となっています。

自殺の裏には、気分障害が隠れているとの指摘があります。
もし気分障害になれば、@の自己肯定感がなくなってしまいます。Aの社会に対するシグナルも、生きるエネルギーが少なくなっているために出せなくなってしまいます。

自殺と気分障害はリンクしているのです。貧困による孤独死にたずさわる雨宮さんに「この点をどう感じているのか質問してみました」。
「私自身もそうでした。しかし、現実は生活保護と精神疾患は縦割りみたいになっています。私は、精神疾患のことには詳しくないので、適当なことは言えません」との、回答が帰ってきました。

私たちの貧困に対する運動も、お金がない、社会的に孤立しているという問題に加えて、精神疾患におちいるリスクが通常よりも高いし、精神疾患があるかもしれないという前提のものに運動を発展していくことが求められているのではないかと思いました。
posted by 井上 at 14:27| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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