2013年10月28日

平和資料館 草の家 のN内さんから感想がよせられました

高知市内にある、民立民営の平和資料会 草の家。
ひろく、県内だけでなく、全国、世界へと会員が広がっています。
(いちおう、私も理事ということになっています。欠席続きですいません)

ここで、専従を務めている、N内さんから、先日の松竹学習会の感想が寄せられましたので紹介します。

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松竹伸幸さん講演会「集団的自衛権と日本国憲法」に参加して 感想

冷戦時代から歴史を振り返って、「集団的自衛権」を行使することが何を意味するか、日本政府が言うように単純な話でないこと、普通に行使されるべき権利ではないことがよく分かりました。
9.11後、頻繁に耳にするようになった“対テロ”戦争、そう言われて始まった「イラク戦争」を思い返してみても、「権力と武力が結び付くこと」と「命の尊厳が守られること」が決してイコールで結べないことが理解できます。
殺し合いをやめ、生かし合う道をさがすにはどうしたらよいのか?
その答えはわたしたちが住んでいる国の「憲法」にありました。
9条のように、今手に取るべきは武器や兵器ではなくて、前文のように、平等な話し合いによって互いの手が信頼で結ばれること、そして、互いの立場を尊重しながら仲良くやっていくこと、時間がかかっても、理想に現実が一歩でも追いつくように、誠実に力を注ぐしかありません。(日本政府がよく口にする「平和的」ってそういうことじゃないのかな・・・)
松竹さんが紹介してくださった具体的ないくつもの実例のように、平和憲法を持つ優位性、信頼性を生かした「共存・共生」への道を進んでいく力を、日本は(まだ今は)この手に持っています。それが大きな可能性に満ちていることに改めて気づかされ、同時に勇気をもらいました。
中でも、伊勢崎賢治さんのアフリカやアフガニスタンでの「武装解除」の証言は、どちらかというと「平和ボケした日本」をマイナス像でしか捉えていなかった私にとって、それが日本人の特質として平和のために生かされた、という実話は、閉塞感が解放されるように心に響きました。
「平和憲法」の上に生まれてきたわたしたちは、当たり前のようにそれを享受しながら日々何を疑うこともなく生活してきました。しかし、今や日本社会には格差と貧困が充満し、この上きな臭い気配もしています。経済成長の名の下、豊かさとは裏腹の大急ぎの生産と消費に埋没していく現状に、どこか生きにくさを感じている多数の人が、みんながみんな同じ方向を向いて、というのはさすがにたいへんなので、小さな共通点から繋がり合って、今よりましな未来に向けて現実的に進んでゆけたらと思います。希望の講演会、ありがとうございました。

posted by 井上 at 10:57| Comment(2) | 平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 アメリカとの軍事同盟によって平和・安全保障をしている国は世界でも20数カ国でしょう。国連加盟国の1割でしかない。国連加盟国の9割は軍事同盟なしの独立国です。軍事同盟なしでも植民地にはなっていない。

 さらに、弱小な軍事力しかない国がほとんどです。大国に対して軍事力によって戦争を抑止しているということではありません。

 要するに、世界の現状というのは軍事同盟も軍事力もなくても平和と安全保障、独立国は実現できるということです。

 したがって、日本は日米軍事同盟を廃棄し、日米友好条約へ切り替え、弱小な軍事力の抑止力で独立と平和、安全保障をするのではなく、日本国憲法と国際法による外交によって独立、平和、安全保障を図るという時代だと思います。

 伊勢崎さん、猪口さんのように憲法9条があったから、世界の武装解除、軍縮のリーダー国になれるという事実があるということもエピソードとして大事なことですね。
Posted by あ at 2013年10月28日 11:37
まったくおっしゃる通りだと思います。
Posted by 井上 at 2013年10月28日 14:10
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