2017年03月20日

たたかいの現局面

体調を整えつつ、精神障がい者としての活動は行っています。
つい先日行った講演のレジュメだけ紹介します。資料15枚は割愛させてください。


2017年3月16日
 障害基礎年金申請の現状 (中間報告にかえて)

双極性感情障害 ICD10コード 障害基礎年金2級 井上淳一
〇一連の流れ
 ・都道府県で年金申請の格差があることがわかる
 ・約2年放置されていたことをマスコミがバッシング
 ・専門家検討委員会が8回の議論。「等級判定ガイドライン」を作成
 ・昨年9月〜ガイドラインの運用開始
  →医師に対して、「障害年金の診断書 記載要綱」を送付
 ・4月末をめどに、日本年金機構の事務センターを東京に集中
 ・?
 ・3年後のガイドラインの見直し

〇用語の確認
 ・日本年金機構は、厚生労働省の指導管轄下にある
 ・認定医とは、日本年金機構が全国の医師と個別に年金申請の許認可の判定を
  行ってもらうために、委託契約を結んだ医師のこと。高知は4人。全国203人→240人

〇診断項目の再確認と新しい認定事務の流れ
 ・診断書、ガイドライン、医師向け指示、認定事務の流れ
 ※診断書が日本年金機構の中央事務センターに集まるように。しかし認定はそのまま過去の認定医に。
  具体的には、各都道府県で行っていた、認定作業を一回は中央に集める。しかし、認定実務は各都道府県に  戻すという、余計に手間のかかるものに

〇現段階をどう見るべきか
 ・事務手続きの中央集権化はすすんだ
 ・しかし、急激な認定の変化が起こらないように、配慮を払っている
  →厚労省から年金機構にその旨の通達が出されている
 ・土佐病院に聞くと変化は感じられないと。(サンプルすくない) →高知県も変わりないと答える
 ・全国のこの問題を注視する人々からの発言もない
 ※個人的意見。ゆっくりと「格差是正」の口実で。申請を通りにくくしていくのではないか
 ・継続申請は、「ガイドライン実施時に障害基礎年金や障害厚生年金等を受給している方で、 ガイドライン  実施前後で障害の状態が変わらない場合は、当分の間、等級非該当への変更は行わないこととします。」の  範囲内であると推測される。
 
〇これから
 ・これだけの時間と予算。年金機構の単身赴任を伴う人事異動があるにもかかわらず、「都道府県格差の是   正」は進んでいない。必ず、大きく舵を切り「是正の名による足切り」が始まる。
 ・誰でもなりうるという宣伝と、3障害は同じという政府の立場で反撃を。
 ・最低補償年金制度の創設のうごき なども考慮し、必要な制度設計などの探求
 ・憲法25条で保障された、生存権をうばう動きに注視し、今から声をあげること

正直難しさを感じる。「うつは心の風邪ひき」と宣伝された経緯がある。カゼで人は自殺するのだろうか。まさか、自分が「風邪」になると思うのだろうか。
最大の敵は、偏見である。こいつが、ホントに悩ましい。
posted by 井上 at 18:11| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

生存権の侵害か、自殺念慮にとどめをさす一撃か!

昨日、高知市精神障害者家族会連合会にて、お話しさせていただきました。
この9月から実施される、障害年金の運用の見直しについてです。

かいつまんでいいますと、現在のシステムでは、都道府県によって、年金の更新にばらつきがあり、最大で6倍の差(更新できない人の差)が生じているとのこと。確かに、これは見直しが必要です。

しかし、ことのついでに、新しいガイドラインという枠組みを作って、年金受給者を少なくしていこうというカラクリとなっているのです。この問題は、よほどの方でも知りません。
精神科病院の集まりである、精神科七者懇談会の厚生労働省に対する申し入れによれば、厳格にガイドラインが運用された場合、23000人が無年金者となり。142000人(全体の約3割)が、どっちともとれるグレーゾーンとなることを、警告しています。

さらに、身体障害にはない「1年の就労があれば、年金を止めても構わない」との趣旨の問題も新たに持ち込まれています。ようやく、就労を始めても極めて低額の賃金が予想されます。
問題だらけの「見直し」です。

昨日は、かなり強い反対意見や、もっと知りたいとの声が上がりました。

とにかく、知られていない!!

私の担当のケースワーカーでさえ「へえー、9月からでしたか。勉強になりました」という有様です。トホホ‥

この問題、ほおっておくわけにはいかないようです。
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posted by 井上 at 15:57| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月29日

とさでん交通バスの見識やいかに

10月1日に新会社「とさでん交通」が発足します。
100%私たちの税金によって出資され会社がスタートします。

今まで、高知県交通は、これ見よがしに、精神の障害のみ料金割引を排除してきました。

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この手帳が精神障害のもの。「この手帳所持の方は、割引が適用されません。ご了解ください」とか。
運転手ともめても仕方ないので、話はしませんでしたが、精神だけだめとは理屈が成り立ちません。
しかし、日本全国そんな感じです。

さあ、新会社発足にあたって、割引が取り入れられるのか、注目です。
(だいたいこんなもの張り出すのも、どうかしていると思うのですが)
posted by 井上 at 14:01| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月20日

行ってきました。岡山のメンタルクリニック。

バスで寝てたらいいだろうとたかをくくって、岡山まで高速バスで行きました。
確かに、寝てはいましたが、なかなか遠いもんです。

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けやきどうり、メンタルクリニック

ここのHさんというお医者さんはめちゃくちゃな人気で、予約が来年の2月まで入らないとのこと。
そんなに待てないよと、「あの手 この手」(不正行為はしていません 笑)で、こちらの事情を伝えると
「すぐ来てください」とのことでした。
*岡山のN久事務局長が、授業を教えている看護学校は、ここの財団が立てたものだそうです。

私の仕事の事情を伝えると、ハッキリと的確なアドバイスが頂けました。
さすが、だての人気ではありません。

問題は、岡山まで通い続けるのかどうかということになります。
「メリットとデメリットを考えると、高知の現在の主治医の方がいいでしょうとのこと」。
確かに、現在の高知のO村先生とはもう10年のお付き合い。まじめでいい先生です。
ただ「職場が特殊過ぎて、一般的アドバイスしかできずにすみません」というだけのことです。
高知の先生の処方の方も、岡山のH先生曰く、まったく素晴らしく、わたしよりも思い切った出し方(1日の限度量めいっぱいまでだして頂いています)でしょうとのこと。

てことで、岡山のH先生はセカンドオピニオンということで、今日久しぶりに、いつもの土佐病院に通院してきました。
高知のO村先生に、「あーだ。こーだ」といきさつを伝えました。

人生2回目のうつ(ここ2年間)で、あとどれぐらい続くのか誰にもわかりませんが、回復の方向性だけ見えたのが今回の収穫でした。私のこころあたりと岡山のH先生の意見がまったく同じだったからです。

まあ、長い人生のんびりといくしかないという事でしょう。
私を支えて頂いている多くのみなさん。これからもよろしくお願いいたします。
posted by 井上 at 15:27| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月22日

10年あまりお世話になりました。

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戦前は、槇村宏 も入院していた由緒ある土佐病院。
(『間島パルチザンの歌』は難しすぎていまだよく分からず 汗)
主治医との相性も良く、お気に入りの病院でした。

しかし、2年ばかりの心の不調を何とかしようと、たくさんの方からアドバイスを頂きました。
また、新しい病院に通院するために、相談に乗って頂いたK藤さん、S竹さんありがとうございます。

来月からは、少し遠いですが、本土は岡山市にある、林道倫精神科神経科病院に通院することとなりました。
病気とは長い付き合いなので、岡山通いも長くなりそうです。
あとは、後日談ということに。
posted by 井上 at 12:54| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

秘密基地

最近、メンタルの調子はあんまりよくありません。
ニッカドバッテリー(まだあるのかな)みたいに、好調を維持しながら、いきなりダウンって感じ。
その時には、とにかく寝るしかありません。寝ると症状が回復します。

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学習協の入る、高知城ホールの和室をフロントにお願いして、ただで借りてゴロンと寝ます。
職場が貸し会議室がたくさんあって良かった。

とっても広く、静かな和室なので、ここで回復してから仕事にもどります。
働いている方すいません。あくまで病気なので、おゆるしください。

posted by 井上 at 14:26| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月31日

やったっ。労災認定がおりた。

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本日できたての、健交労農林支部のニュース

私の後輩にあたるY崎君ですが、労組の専従(それもかなりハードな部署)として頑張っていましたが、うつ病を発症して長期にわたる療養生活を送っていました。

当初は、「労組の専従を労災認定にする?」なと゜の意見もあったようですが、どんな仕事をしていても、心の不調にはなるものです。

彼の場合まだ若い上に、療養期間が非常に長期にわたっていたので、心配していたのですが、安心して治療に専念できることとなりました。おそらく、回復の方向に向かうのではないかと思われます。

組織の力はすごいとあらためて感じたことでした。「労災認定記念会」でもやらんといかんちやね。
posted by 井上 at 17:01| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

「みんなあが助かる防災のために」の感想アンケートより

今回の企画は、全国的にも貴重な例みたいです。3つの障害を一緒に取り組んだことと、当事者の参加の多さです。

約100人の参加者で、54%が障害あり。42%が障害なしと半々でした。

Q自分でできる備えは何ですか 
 処方箋 障害あり28% 障害なし12%  と、クスリのことを心配する人で大きな差が生まれました。
 ここでは、障害者手帳を持っている人と限定のアンケートとなっていますが、そのほかにも常備薬がいる方も 多いのではないかと思います。

 地域の人と知り合いになる 障害あり14% 障害なし24% と、障害のある人は、地域とのかかわりについて積極的でない傾向が見て取れます。

あと、数十年後の世界からみたら、「なんでこんな細かいことにこだわっているのか?」と笑われそうな状態ですが、まずは企画を行って一歩踏み出したところに意義があると思います。

私も主治医に、クスリを多くもらえるのかたずねてみました。災害時用としては、出してくれるようです。
(自分で多くクスリを飲む人もいるのでケースバイケースだと思いますが)

今後の課題ですが、行政をはじめ政治家の参加がほとんどなかったことでしょう。
まずは、当事者による自己努力から始めますか(苦笑)
posted by 井上 at 13:21| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月18日

「みんなあが助かる防災のために」の学習会に参加しました

ここでいう、「みんなあ」というのは、障害を持っている人を含めてという意味です。
現在宮城県で、障害を持っている人のサポートにあたっている、株木さんをお招きしての企画でした。

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健常者と障害者では、2.6倍の死亡率に違いがあるそうです。
さらに、避難所での生活も障害があるらといって、何か配慮があるわけではありません。
印象に残ったエピソードは、津波被害から一週間もすぎて「何がおこっているの?」と聞きに来られた、耳に障害のある人のことでした。何が起こっているのか情報が伝わっていない現状を浮き彫りにするものでした。

いちおう、精神障害者手帳を持つ私からすると、他人事ではありません。
抗うつ薬2種類、睡眠剤2種類、精神安定剤、副作用用に2種類のクスリを毎日飲まなければなりません。
処方箋を常に携帯しておくことは不可欠のようです。

課題として、@個人情報保護条例があしかせとなって、被害にあわれた障害者手帳を持つ人を探そうにも、情報がもらえず、避難所を聞いて回るしかないこと。
A日常の生活環境で、隣近所の人に障害を持っていることを知らせておくこと。(逃げる時に何がおこっているのかの情報だけでもつたえられる)しかし、偏見もあり障害を知らせていない人も少なくないのではないかと思われる。
B支援体制が、「平等」という名のもとで特別な体制がないこと。などなどを知りました。

高知では、必ず来る地震と津波。今からとりくまなければならない問題は少なくないと思ったことでした。




posted by 井上 at 17:17| Comment(2) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月17日

さらなる体調の改善に向けて奮闘しています

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改築途中の土佐病院。右が現在の病棟。中央が新病棟。左が日赤病院。

昨年の8月ごろに、持病のメンタル不調を克服したと日記に書きました。

しかし、睡眠時間が長いことと、いまひとつ「やる気」が出ない状態が続いています。その状態を改善するべく、年頭から薬を新しいものに交換しています。(薬の入れ替えは、すぐにはできず、1ケ月ぐらいは時間がかかります)

ですので、少しジェットコースターに乗ったような感じで、上がったり下がったりをしているところです。

こればかりは、人によって、効く効かないの個人差が出るので、もう少しの時間が必要のようです。

ブログも少し、更新が減るものかと思われます。
体調改善にチャレンジしますよ。
posted by 井上 at 17:26| Comment(2) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月01日

メンタル不調のみなさん。やっと他の障害をもつ人と同じに‥

昨日、友人のМ田君が学習協の事務所を訪ねてくれました。
精神障害者保健福祉手帳を持っている(私も持っています)人に対して、バスの運賃割引などの適用を求める機運が広がっているとのこと。

平たく言うと、同じ(身体・知的・精神の3種類)障害手帳を持っていても、精神障害だけは割引などをうけれないのはおかしいという世論の反映みたいです。
しかし、今回の動きは私も知りませんでした。精神障害者の家族団体などの運動があまりつよくないことと、手帳を持っている人が声を上げにくい(声を上げられない)ことなどが考えられます。
今日、情報を詳しくキャッチしました。

症状の軽い、私が運動の先頭に立とうと思います。

7月31日に国土交通省認可の乗り合いバスの標準約款が改訂されて、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人も、平等に運賃割引の対象になり、9月30日から、この改正約款が施行されることになりました。

しかし、県内大手2社(県交通、土電)は割引を実施することにはなってはいません。
高知県としても、バス会社に働きかけるとの高知県議会での答弁がありました。

今がチャンス。情報の拡散を希望します。
(ちなみに、精神障害者保健福祉手帳は2年の有効期限です。そのたびに5000円の診断料がかかります。1年で2500円。この手帳は安くありません。それを上回るメリットがなければ、申請すらしないのが現実です)

詳しい、高知県議会のやりとりは下記の通りです。
(塚地さんは、学習協の会員でもあります)
http://www.jcp-kochi-pref.jp/discussion/2012/2012.9tukaji.html

追記
手帳の取得時は5000円で、更新時は2100円のようですね。いずれにせよ、各種カードと比べても結構なお値段。それにしては、メリットなさすぎでしょ。
回りを見渡しても、手帳を持っている人は少ないですしね。
メリットが増えれば、手帳申請をする人も増えるのではないかと思います。
すると、利用者も増える訳でして、ただ簡単に、全てが事業所負担で赤字になるということではなさそうです。

追記11/21
本日は病院の通院日でした。そこで、相談室(精神保健福祉士がいるところで、精神科のケースワーカーさんです)にも寄りました。
私の名前で、病院から県の家族会に電話して頂いて、バス会社と交渉するなら同席する旨を伝えてもらうことになりました。

行動が大切ですよね。他の障害支援との『格差』というみたいですが、少しづつ埋めていければと思ったことでした。

posted by 井上 at 12:57| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

疑問は疑問のままだった

昨日は、「貧困問題を考える」という記念講演会に出かけて行きました。
休みの日の学習会参加は、今の体調を考えるとちょっとオーバーペースのようです。

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この日は、生活保護バッシングがの強まる中、多発する孤独死を考えるタイムリーな企画でした。
内容も、寺久保さんの新しい著書と本日発売の雨宮さんの著書をペースにしながらのお話しでした。

ここからは、私の関心にそって書いていきたいと思っています。
雨宮さんは、「大変な状況になっている本人からのSOSが出にくくなっている」特徴があると。
@当事者の自己肯定感がないといけない。自分が生きていてもいい存在なのだ。社会的に価値がある存在なのだ。
A社会・他人に対する信頼が必要ということ。「生活が大変だ」と言うと、また貧困ビジネスのカモにされるのではないか。いままで徹底的に社会に騙されて生きて来たということ。
この2つのことが背景にあると言われました。
さらに、生活保護受給者は、普通の20代の自殺率の6倍自殺率があるという話しが印象に残りました。

はてさて、人間はどんなになって自殺するのでしょうか?
私は、10年ぐらい前です。気分障害(うつ病、躁うつ病など、気分感情を自分の意思でコントロールできなくなる状態)を発病して、抗うつ薬を飲んでいましたが、さらに頑張ろうとした時「死にたい」という症状があらわれました。この「死にたい」という自殺念慮こそ、気分障害の典型的な症状なのです。
アメリカの統計では、男性の生涯有病率が1割。女性は2割に達します。あわせて3割の人間がかかるありふれた、しかし、症状は重い病気なのです。(貧困が見えないのと同じで、気分障害も見えない病気なのではないかと思います)。
私は、その時まで「気分障害」という言葉は知っていました。自殺も多いという問題だと受け止めていました。しかし、この両者は、自分が気分障害という状態になって初めてつながりました。
私は、幸い経済的にも恵まれていましたし、回りの理解がありました。長女が生まれてすぐだったので、離職して子育てと療養の日々を過ごせれたのが、現在の私と、今の運動の糧となっています。

自殺の裏には、気分障害が隠れているとの指摘があります。
もし気分障害になれば、@の自己肯定感がなくなってしまいます。Aの社会に対するシグナルも、生きるエネルギーが少なくなっているために出せなくなってしまいます。

自殺と気分障害はリンクしているのです。貧困による孤独死にたずさわる雨宮さんに「この点をどう感じているのか質問してみました」。
「私自身もそうでした。しかし、現実は生活保護と精神疾患は縦割りみたいになっています。私は、精神疾患のことには詳しくないので、適当なことは言えません」との、回答が帰ってきました。

私たちの貧困に対する運動も、お金がない、社会的に孤立しているという問題に加えて、精神疾患におちいるリスクが通常よりも高いし、精神疾患があるかもしれないという前提のものに運動を発展していくことが求められているのではないかと思いました。
posted by 井上 at 14:27| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月25日

精神障害手帳を活用してみました

友人から、「精神障害者手帳」で、携帯電話代金の割引が受けられると聞きました。
さっそく、手帳と免許書をもって、AUショップに行きました。

「ええっ。たったこれだけ‥」という内容でした。
http://www.au.kddi.com/ryokin_waribiki/waribiki/smile_heart/index.html

基本料金は、すでに長年使っているので半額となっていて、今と一緒みたいです。
ただ、携帯電話同士の通話料が割引となります。他社の携帯でも同じです。
あとは、ショートメール割引ですね。

ホント気持ちだけの割引ですね。精神障害者手帳は他の障害と違って、2年更新(症状が基準を満たさなくなるうに改善もするので)なので、更新時の診断料を取り戻すだけでもかなりの時間がかかるようです 汗
しかも、現在の手帳は、本人確認用の写真がありますので、「相手に、この方は『精神が病んでいるのね』とわかってしまいます」。自分で宣伝する私のような人は別として、これはこれで抵抗が大きいような気もしました。

いやはや、この手帳っ。メリット少なすぎでしょ。今すぐ、他の身体障害などの基準とあわせるべきだと思います。

posted by 井上 at 23:27| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

みなさんのおかげです。感謝いたしております。

私のメンタルの不調ですが、ほぼ寛解(かんかい)といってよいと思います。
クスリの服用とたっぷりの睡眠時間、学習協の集団的体制、他の活動の制限等々を持続するならば、症状が安定している状態だということです。なので、完治とは違います。

いやー長かった。人生2回目(1回目は民青専従時代)の不調は、ブログの更新回数を見れば一目瞭然です。
2011年5月より、更新回数が減っています。そこから、今年の6月頃まで不調だったということになります。
7月からは、多少のむらはありますが、現在までほぼ同じような状態をキープ出来ています。
ペースを上げるのはダメですが、現在の状態を維持できるように心掛けていきたいと思います。

とりわけ、新しい事務局員のみなさんやボランティアで手伝って頂いている方に、この場を借りてお礼を述べたいと思います。ありがとうございます。

さて、このたび精神障害の障害者手帳を申請しました。
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わずかに、税制上の控除がうけられるというメリットがあるためです。
身体障害に比べて、運動がおおきく遅れており、鉄道やバスの割引などありません。
手帳をもっている人がものすごく少ない。→メリットがないためのようです。

いまどき、こんな差別が許されていいのでしょうか。ホンマ腹立つなあ。
症状が軽い私たちが、声をあげていきたいと思っています!!
posted by 井上 at 12:15| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

ゆっくりと休養すると見えてくるものもあるんですね

この間のお休みは、家族旅行をしていました。
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おちびちゃんと、長女の希望にて関西方面にお出かけでした。
2人とも大喜びだったのでまた機会を見てお出かけしたいと思います。

私はというと、充実した日々だったのですが、持病のメンタル(強迫性障害。思考障害のタイプ)の状態が客観的に分かることとなりました。
なにせ完全休養にもかかわらず、症状が出る時間帯があるのですから。
新事務局員のD井さんも、私とは違う症状(いわゆるパニック障害)ですが、メンタルの持病持ちです。
そこで、私の問題意識を話すと賛同して頂けました。

私は、統合失調症や気分障害という重い(という表現が正しいかどうか)ものはとても無理だけれども、不安障害に分類されるメンタルは、これからの自分達の『学習』(経験の方がふさわしいかも)によって、軽減できるという考えです。もちろん投薬治療と合わせてですが。(DSМWのカテゴリー)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%81%A8%E7%B5%B1%E8%A8%88%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D

簡単に言うと、例えば蛇を見て「怖い」と思う感情を持ったとしましょう。
「怖い」という感情は、生まれつき持っていたものでしょうか?
ちがいますよね。子どもの頃からの学習と経験によって、「怖い」という感情を持つように「訓練」されてきたのです。

そういう意味では、認識論の中に入る問題だと思いますが、われわれの「陣営」を見まわしてみても、このことに問題意識をもっている人がほとんど見当たらない(もしいたら紹介してください。症状をもっている本人も含めて)のではないかと思います。
大抵は、病気だとレッテルを貼ることが多いですよね。良くても、そうした事も踏まえてどういう活動や仕事をしていくのかというプログラムを考えて頂くということです。環境は極めて大切なことなので。

はてさて、科学的社会主義の立場からはどう問題を立てるべきでしょうか? 例えば、蛇の「怖い」という感情の他に、発作が起こったとしましょう。この発作に苦しめられて、いや、発作が起きるのが怖くてその人の行動が制限されるとしたらどうでしょうか。本人の意思とは無関係に発作が起こってしまうのです。

これは、本質的に認識論の問題であると私は思っています。
子どものころから形成されてきた認識が、外界をどう反映しているのか。中枢神経系はどう反応したのか。
100人に1人(強迫性障害だけでも)。不安障害全体ではもっと多く、30人に1人以上? 恥ずかしくて人には言えない方もたくさんいますし、本人が病気(症状によって苦しめられて、治療が必要かどうかが基準になります)だと思っていない場合もたくさんあります。私は、この問題に挑戦していきたいと考えています。

これからは、資本論学習と並行して10年前から中断していた唯物論の立場にたった心理学の学習をすすめていきたいと思います。
社会主義者の心理学 [単行本] / 乾 孝 (著); 新読書社 (刊)

いい本を見つけたので、まずはこれから学んでみたいと思います。
新しい、ブログのカテゴリーも考えた方がいいかな?
posted by 井上 at 14:15| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月11日

やっぱり環境が大切ですね

最近、5月頃から新しい事務局員が物心両面よりサポートしてくれています。
また、正式な事務局ではありませんが、学習協のために力を貸していただいている方もおられます。

そうした中で、私の体調も徐々にではありますが、回復基調に乗ったようであります。
回りのみなさんに深く感謝いたします。

ところで、前回お薬を変えていくことを書きましたが、その後主治医と相談しまして、総会が近いということもあり、(一時的に不安定になることが予想されるので)以前服用していたパキシル(SSRI)50ミリにもどして、そのままで様子をみている状況です。
引き続き、学習協と新システム関連の活動のみに限定して、体調回復につとめていきます。
ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

話しは変わりますが、メンタルの相談活動を通じて思っていることがあります。
私も再度の学習とさらなる独習をしなければならないので、時間がかかるし、攻撃をうけるかもしれませんが、現在まだまだ通用している、古い心理学に対してのたたかいを進めていこうという思いを新たにしているところです。
最近の例では、具体的には「ロールシャッハテスト」という投影法に分類される心理テストがあります。
広く、病院で行なわれていますので、友人がその結果を真に受けてしまい、余計に具合が悪くなるということに出くわしました。今は、「ロールシャッハテスト」の有効性そのものについても、議論がすすんでいて、否定的な意見も多く出されています。
専門家でも研究者でもありませんが、唯物論の立場から情報発信をしていく予定です。

posted by 井上 at 11:59| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月13日

今日から、新しいお薬をためすことに

この間の不調を打開するべく、新しいお薬をためしてみることになりました。

3年前に認可された新しいタイプのクスリとなります。古いのを少しづつ減らしていき、新しいのを増やしていくということになります。頼りにしている薬剤師さんからは、「薬を変えることはよくあること。理論的には、新しいのが効くはずなんですが、そうでもないんですよね。まあ、人によって合う合わないもありますから」と。  (パキシル 50ミリ→サインバルタカプセル です。 新しいのは1週間で効き始めるとか)

それから、主治医の指示のともしばらくの間は、学習協と新システム関連の活動のみに専念していくこととなりました。ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。過去を振り返ると、メンタルで活動を出来なくなった方は少なくありませんので。

私は、情報をオープンにして、少しでも困っている方の参考になればと、引き続いてブログを更新していく予定です。
posted by 井上 at 12:44| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月17日

なんとかボチポチやってます

久々の更新です。
よく言われますが「春の不調?」がやってきたようです。トホホ。
2003年から高知県学習協にて活動していますが、本格的に具合がよくないのは10年ぶりでしょうか。
といっても、毎日調子が悪いわけではなく、日によって曇り時々雨ってな感じでしょうか。

同じ強迫性障害の症状のみなさん、頑張りましょう。日本には100万人を超える患者の方がおられるようですので。
ボチボチブログも書いていきますね。
posted by 井上 at 15:23| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

最近具合はどうですか?

お会いする人ごとに、「最近調子はどうですか」と聞かれます。

眠いということはありますが、その他は良くわかりません。
ということは、まあまあということなんだろうと思われます。

昨日もメンタルの方の主治医とお話ししました。
睡眠導入薬を効き目が短いタイプのものに交換しました。

夜は良く眠れます。お昼寝もしようと思うならいつでもできます。気分はとても快調です。

「疲れている」のでは、との会話にて意見の一致をみました。

そのあと、保育園での小運動会のお手伝いです。
明日、筋肉痛になれば運動してない中年ってことに(汗
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2011年07月29日

クスリ効いてきましたA

よく、「うつ病の原因ってなに」と聞かれます。
冷静に考えると、原因を知りたいわなぁグッド(上向き矢印)

私は、「それが分かればノーベル賞よ」と答えるようにしています。

一番有力なのは、「セロトニン仮説」ですね。詳しくは書きませんが、現在のクスリは、この理論によって作られています。私の服用しているクスリもこれだけに作用するように作られています。

なぜ、仮説かというと、もし100%その理論が当たっていれば、5〜7割の人にしかクスリの効き目がない。(同じ薬理効果でも、クスリを変えると効く時もあります。今回の私の場合がそうです)という問題と飲み始めてすぐに効かないということが説明できません。
しかし、効果があるのは事実なので、まったく外れているということではなさそうです。

私はいままで、「クスリでなく、自分で治す」的な本には偏見を持っていましたバッド(下向き矢印)
しかし、「セロトニン仮説」に基づいて、食事などで、セロトニンを増やす食べ物をとるようにすることは、重要だなあと感じているこの頃です。

以前から、パリ島大好きな私は、サンバル(カラシの香辛料がベース)大好きで、辛いミーゴレンなどを自宅でも作っていました。食べた後元気が出る気がしていたのです。
しかしっ。これは理論的裏付けのあることだったのですぴかぴか(新しい)

セロトニンを増やす作用のある食べ物だったのですー(長音記号2)

自分の好きな食べ物を食べて具合を良くする。なんてすばらしいことなのでしよう失恋
さっそく、本日のお昼ごはんもカラシとサンバルを求めて、至福のひとときでしたるんるん

P1030734.JPG

カラシたっぷりのスープです。

P1030735.JPG

上にちょこっと、乗っかっている赤いソースが、サンバルです。

もちろん、自宅でもこの1本はいろいろなものにつけて食べています。
市販のサンバルソース。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/nisshoku/enlargedimage.html?code=0711844120013&img=http://item.shopping.c.yimg.jp/i/l/nisshoku_0711844120013

本日の体調80点。さあ、昼から頑張ろうっと。
もうすぐ、少し早い夏休みをとります。ゆっくりいくしかないですからね。
PS、本格的サンバルを作りたい方はメールください。とっておきのレシピがありますよ。

posted by 井上 at 12:53| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

クスリ効いてきました@

新しいクスリを飲み始めて、1ケ月と少し。
処方箋どうりに、10rから飲み始めてじょじょに増量していき、先週の水曜日から1日の最大である40rを2週間服用中です。

そして、梅雨明けでするんるん

P1030720.JPG

このクスリに詳しい友人から、6日に次のようなメールを頂きました。
「40mgか〜半か丁やね。こればかりは両極端ですな。
ある意味でここからパキシルの本領が発揮されるかそうでないかですが
2週間は様子みたいところですね。まだまだ1か月程度なら導入期で効くか効かないかの瀬戸際です。 」

とのこと。私もここで効かなかったらまた新しいクスリにチェンジしないといけないため(再び減量していき、チェンジしたのち増量ということに)たらーっ(汗)
この夏はもう無理かと、半ばあきらめの気持ちもありました。

しかーし。土曜日頃(40_になって、4日目)から、確かに「効いているという実感が出てきましたexclamation×2

まだまだ、様子見と同時に不安定です。いよいよ回復期に入ったのかもしれません。

そして、梅雨明けはうれしいニュースですー(長音記号2)
日光に当たると、病気にいいようですしね。

なによりの最大の変化は、本が読め出したことです。
かなり具合の悪い状態では、活字は読めません。「文字が怖いからです」。
今回の私の場合は、「読む気力がない」という状態でした。なんとか新聞は見れていましたがっ。

はてさて、事態の好転が楽しみです。

心配して頂いたみなさん。感謝にたえません。もう少し(のはず)ですグッド(上向き矢印)
posted by 井上 at 12:41| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

現在体調をととのえています

多くのみなさんにご心配とご迷惑をおかけしております。

先週の水曜日より新しいお薬の量が2倍になるとともに、診察期間も1週間単位へと変更になりました。
(1週間、2週間、1ケ月の3つの外来パターンがあります)
この新しい薬なのですが、臨床試験での改善率は50.4%となっています。
長年愛用のクスリは71%とかなり高い効果をもっていましたが‥。

簡単に言うと、効くのは2人に1人ということとなりますあせあせ(飛び散る汗)

当面の方向性は、この薬の処方量を上げていくというものです。
もし、改善が見られないようなら、処方量を減らしたのち別のクスリにということとなります。

約3週間ぐらい服用してみた実感としましては、「まったく効いていないことはないのではないか」と言えるぐらいの感じです。まだまだなんともといったところです。

とりあえず、主治医より少しお休みをとのことですので、先週金曜日から次の診察の明後日水曜日までは療養期間としたいと思っております。
水曜日には、何らかの判断があると思いますので、この日より制限勤務としたいと思います。
よろしくお願いいたします。
posted by 井上 at 11:42| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

やっぱり人のことだけじゃなく自分もきちんとしなきゃ

この間は主に、Y崎君(彼が大学1年の時からの腐れ縁)のうつ病 正式には気分障害と言います。に対してのアドバイスをしてきました。

一緒に通院すること2回、医者の判断が変わりました。
この2ケ月間休養しているのですが、まったく変化がありません。

私の役割は、主治医に職場環境と自宅の環境を伝えることです。

「うーん。そんなに状態は悪くないけれど、短期入院がいいかもしれないですね」と、「このままだときっかけがなくずるずるいくかもしれないのて゛、次の診察までに考えておいてくださいとのことるんるん

そのまま、様子見だったのに、やはり、総合的判断をするには、客観的な情報が大切なようです。


で、私でありますが、現在3回目の薬の調整中です。月1回の診察なのでめちゃくちゃペースが遅いのであーります。2003年から昨年途中までは、ほとんど問題なく過ごせいてたのにあせあせ(飛び散る汗)

これではまずいと、昨日急きょ病院に。本格的に調整していくことになりました。
とりあえず、睡眠剤と抗うつ剤の変更などどんどんしていきますグッド(上向き矢印)
まずは、抗うつ薬を減らします。睡眠過多を直さねばー(長音記号2)
起きている時間が短いので、学習できないのよねたらーっ(汗)

長野にいる、友人ぶーにゃんは、1週間単位で薬の調整をして抗うつ薬もなくなり、いっせい地方選挙では総合選対に入りバリバリ活動していたとか。
元民青中央副委員長だけに、力をもっているので、これからの活躍に期待でするんるん
posted by 井上 at 13:40| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月23日

どうやら推論は外れる

今日は体調がイマイチですバッド(下向き矢印)
薬の増量をしても変わらないので、私の推論は外れましたたらーっ(汗)

今月は比較的余裕のある日程だったので、本を買いまくりましたが、ゆっくりと読んで行くしかないようですね(汗
書きかけの「青年論」や「酒井さんとの懇談会」の内容は、来月引き続いて書いていきたいです。

「かたりあふ書店」のМ岡さんとお話ししたところ、「日本の古本屋」に登録している本屋さんでも、インターネットを使ってないところが多いとのこと。確かに、高知の有力3店舗は全部ネット環境がありません。足で探すか電話しかないみたいですね。
「かたりあふ」で見つけたお宝本です。

P1030422.JPG

ネットで入手した大月の資本論の方法Tは著作集です。しかしあちらこちら見てみてもUがないのです。(霜田さん曰く、Uの方が大切ですよとのこと)で、その元にあたる本を800円にてゲットしましたぴかぴか(新しい)

話しは戻って、昨日80点だとすれば、今日は50点ってところです。
やっぱり季節の変わり目はキビシイものがありますね。

対処方法はひたすら寝るだけですふらふら

しかし、夜は勤労者通信大学の学習会があるので行かねばっ。
だいじょうかなあ。
posted by 井上 at 16:26| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

よくわからんなあ

1月は体調の悪い日はなし。今週月曜と今日は調子がよくないバッド(下向き矢印)

水曜日が診察日だったので、主治医と相談してみました。
診断はアメリカの精神医学の基準であるDSМWが用いられます。

私も、この基準に基づいて、自分で症状をしゃべりながら医者とお話しました。
@調子がよくないというのは、「強迫性障害」の症状が強くある日ではないのか?
というのが、私の意見です。
集中力が途切れて、事務などしようものなら間違いだらけとなってしまいます。
「うーん、うつの症状のような気もするわね」。と主治医。
「なんか違う気がしますよ」と私。
「関連領域なので‥」と主治医。
「難しいですね」と私。

結局、よくわからないという結論に。
始めての人は、ビックリするかもしれませんが、実はよくわからないのが実情なんですよ。

原因も治療法も確立していません。薬の効果の結果としてある程度のことは言えますが。
これは、私に知識があるのでこんな会話になっただけでして、普通はわかったふりをしないといけないので、結構つらい立場かも。

A睡眠時間の長さについて
9時に寝ると、だいたい快適。10時に寝るとお昼寝を少しとればOK。11時が限界。
これより遅くなると次の日に大きなダメージがあります。

「強迫観念」があっても、クスリでおさまっていても、頭をより多く使っているので、疲れるのではというのが私の新しい推論です。

なので、投薬量を1日150gから200gに上げてもらうようにお願いしました。
「じゃ、やってみましょうかね」と。
この変更はおそらく5年ぶりぐらいだと思われます。
効果は2週間後から出始めますので、今後の推移が楽しみでするんるん

だって、時間をより多く使えることになるわけですからねっ。
posted by 井上 at 16:22| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月28日

ゆっくり、書いていきたいです。

今日の昼過ぎに、「考える日」なる日記を書いて、誤字脱字を修正しているうちに全部が消えてしまいましたふらふら

誤字が多いのは、勘弁していただくとしても消えるとやる気なくなるのよねバッド(下向き矢印)

で、話しはまったく違う方向になります。前から連載したいと思っていたことですから。
私の現在の持病は、「強迫性障害」といいます。
「だったら、どうした」との声も聞こえてきそうですが、人口比で苦しめられている人はかなり多いのが実情です。このブログをご覧になっている方の中にも少なくなくおられると思うので書いていきます。
個人的体験では、強迫性障害からうつ病(気分障害)になってから、もともとの強迫性障害に気がついたということとなります。

うつ病の療養の時期に、関連領域の勉強が出来たのである意味貴重な時期でした。

精神医学は、まだまだわからないことだらけってことでしょうかふらふら

よくよく読むとかなり正確だと思われるので、引用します。
強迫性障害
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E8%BF%AB%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3

私個人の症状としては、強迫観念が「本人の意思とは無関係に頭にこびりつく」という状態です。
ごくごく平たくいうと、社会をよりよいものとするために「どうしたらいいのか」という思考が離れないということです。
分かりやすく解説すると、「テレビのチャンネルの故障とでもいいましょうか。もう見たくないのに、この番組変わらない!」て、ところでしょうか。

当時オススメ頂いた病院(民主的な考えを持っている経営者?。そこで働いていた看護師さんから、あの先生にかかっているので、「心配しちょった」と後で伺いました)が、まったくダメダメ医者だったので、1から勉強する機会に恵まれました。
民主的考えと医者の腕とは、まったく関係ないですからね。
その当時の投薬量の3倍の薬を現在飲んでいます。てか、それが普通です。自分で勉強してみたら、それぐらいのことはわかりますどんっ(衝撃)

転院してから、回復に向かいました。

話しは移って、メンタル問題の講師や相談も引き受けています。
当事者じゃないとできないアドバイスもありまので。

現在は私に時間的余裕があまりないので、期待にそえないことが多いかと思われますが。
少しずつ掲載していきたいと思います。
大切な青春期を病気とのたたかいで、苦労されている人も多いと思われますので。
posted by 井上 at 20:22| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

今月3回目です。トホホ

朝起きると、調子が悪いバッド(下向き矢印)

具体的には、思考の遅さ、眠さ、判断能力のなさ、やる気がない。などであります。

この状態は、その日1日中つづくトホホふらふら

現在精神医学は、「米国精神医学会の診断と分類の基準」によって診断される。
いわゆる、DSМーWです。

フロイト以来、研究がつづけられているが、まだまだ道のりは険しいなあ。
もちろん、フロイトの見解は現在は退けられ、いわゆる心の中を覗くのではなく、体に現れる状態によって症状をとらえようとするアプローチに変わってきています。

しかし、最大の問題は、われわれの哲学分野における研究の遅れではなかろうか。
ここ、20年ほどほとんど進歩が見られないように思う。
(20年というのは、私が科学的社会主義を学び始めた時からとなる)

脳科学の分野では、「人間の行動はすべて脳に集約される」という「唯脳主義」に対して、「推論や意思決定に身体や情動が本質的に関わっている」という考え方も提起されています。
ダマシオなど。

あー。

誰か、研究者はいないのかなexclamation&question
posted by 井上 at 13:44| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

久々の通院日です

私の病気は正確に言うと、強迫性障害といいます。
人口あたりの有病率は1〜2%といわれていますので、かなりの方がかかっていることになります。

割合的には、統合失調症と同じぐらいだと思われます。

しかし、うつ病などと違って通院している方は少なく、そのまま苦しんでおられるのが実情のようです。

わたしの場合は、強迫性障害から合併症をおこしてうつ病になりました。
それがちょうど10年前になります。

今回は、疑問だった「眠い」という症状について、主治医とお話ししました。珍しく3分診療ではありませんでした。(5分かな(笑))

「強迫性障害と、眠いということとは、あまり関係ないのでは」という質問です。
「関係があるというのが、医者の話しです。うつ病も睡眠が取り過ぎになったり、眠れなくなるでしょと」

そう言われてみると、病気が関連している領域なのでなっとくです。
ここ8年ぐらいうつ病の症状は見られないとのことで、見解が一致しました。

うつ病などの場合は、完治とはいいません。再発する可能性も否定できないからです。

いずれにせよ、原因や治療法も確立しているとはいいがたいのが現状です。21世紀は脳科学の時代といわれていますが、真理への道のりは、まだまだ遠いようですね。

P1010419.JPG

通院している病院は、高知県で最初につくられた精神病院です。
戦前は、大先輩である槙村浩もここに入院していました。
http://www.urban.ne.jp/home/festa/makimura.htm
共産青年同盟のアジプロ部長でした。

主治医は、かなりの人物で、私の友人も2人うつ病から社会復帰して現在普通の仕事をこなしています。

いままで振り返ってみると、かなりの専従の方が、メンタルになっています。
体調には気をつけましょうね。

posted by 井上 at 11:46| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

通院、送金、組合の1日でした

昨日は、月1回の診察の日です。
「とにかく、最近眠いです」と訴えてみました。
普段は、軽くかわされるのですが、今回は結論「寝るしかないと‥」
トホホ。

私もカウンセリング技法を知っているし、先生も使わないので、すごくラクです。

珍しく、2回もうつ病の再発のチェックをされました。
(体に現れる、症状を尋ねられるのです)

そういえば、最近休みないしなあ。
ブラジルでも、1ヶ月のバカンスを義務づけられているとのことなので、仕事する気一気にダウンバッド(下向き矢印)

よし、明日(本日はブログ更新だけ)で、休みにしようと。
健康第一だしね。


労働者教育協会に友代金の送金をまってもらっていたので、なんとかたまったお金を郵便局に入金して、任務完了。

帰りに、高知一般労働組合に寄りました。
実は、私はここの組合に入っているのです。
Y崎書記長とは、もう15年以上の付き合いてか、彼が大学1年の時に民青に誘ったのは私でしたので、それ以来の腐れ縁ですね。

最近の労働組合の動向について、あれこれと話し込むことに。

ついでに、自宅にパソコンがないので、あれこれと検索していたら
O田理事(資本論講座の講師陣の1人)が、軽く学習していることがわかりました。



以下貼り付け
06年10月に出版された工藤晃さんの「経済学をいかに学ぶか」より、「アダム・スミスのドグマ批判」部分の備忘録。
 資本論の学習会との関係で改めて整理した。産業連関分析など近経の手法も使った「日本経済への提言」にかかわった工藤氏の同著は、「近代経済学のなきどころ」「ケインズ経済学—マルクス経済学との交差点」など意欲な章が多い(専門家でない私にはなかなか手ごわい)。
 
【アダム・スミスのドグマ批判】
(1)三収入構成説の出所
・あらゆる商品の価値は、労賃、利潤、地代に分解されるというスミスの説の出所は、彼の商品価値論の展開を追えば明らかになる。
・「諸国民の富」1.5.6章から特徴的な点

◆第一に、スミスは、商品の交換価値、実質的価格について二義の説明をしている
@その商品により買うことのできる、また支配できる労働の量
「ある商品の価値は、それを所有してはいても自分自身で使用または消費しようとは思わず、それを他の諸商品と交換しようと思っている人々にとっては、その商品が、その人に購買または支配させうる労働の量に等しい。それゆえ、労働はいっさいの商品の交換価値の実質的尺度である」

Aその商品の生産についやされる労働の量
「あらゆる商品の実質的価格、つまりあらゆる物がそれを獲得しようと欲する人に現実についやされるものは、それを獲得するための労苦や煩労である」

→ スミスにあっては、異なる2つの説明を、@すでに商品を所有し交換しようとする人にとっての商品の価値、とAそれを生産するため労働する人々にとっての商品の価値、について使い分けていると思われる。
 ・Aの規定は、マルクスの再考により、価値の概念規定に仕上げられた。
 ・@の規定は「商品を所有している人」「富を所有している人」の立場からであり、「労働の量」と言いながら、その商品の価値は、一定量の労働力を購入できる、支配できるという見地へ直接移行できる内容

◆第二に「労働力の購入」という見地は、彼の言明でもあきらか。
「労働は、諸商品と同じように、実質価値と名目価格とをもっている。その実質価格は、それと交換にあたえられる生活必需品および便益品の量に存し、名目価格は貨幣の量に存する。労働者が、富んでいるとかまずしいとか、その報酬が十分か不十分かは、その労働の実質価格に比例してであって、名目価格に比例してではない」
と、@の「労働の量」が労賃、労働力の価値を単位として測った賃労働者の雇用量であることを明らかにしている。

◆第三に、スミスは、生産についやされる労働の量と、購買または支配しうる労働の量との量的関係が、資本主義以前の社会と資本主義の社会とで変更されるのだ、と説明。
・「資財(資本)の蓄積と土地の占有との双方に先行する初期未開の社会状態のもとでは」「労働の全生産物は労働者に属し、そしてある商品の獲得または生産にふつうついやされる労働の量は、その商品をふつう購買し、支配し、または交換されるべき労働の量を規定しうる唯一の事情である」

・「資財(資本)が特定の人々に蓄積されるや否や、かれらのなかのある者は、勤勉な人々を就業させるために自然にそれを使用し、かれらの所産(生産物)を売ることによって、あるいは、かれらの労働が原料に価値に付加するものによって利潤をあげるために、かれらの原料や生活資料を供給するようになる」
「それゆえ、職人たちが原料に付加する価値は、この場合2つの部分にそれ自体を分解するのであって、その1つはかれらの賃金を支払い、他は雇用主がまえ払いした原料と賃金の全資財(全資本)に対する利潤を支払うのである。」 雇主は「かれの利潤がかれの資財(資本)の大きさに対してある比例をたもたぬかぎり、かれは小資財(資本)よりもむしろ大資財(資本)を使用するのになにも興味をもてないはずである。」
→ 上記の下線は、マルクスが、剰余価値の源泉を正しく説明した部分として評価した点

・しかし、スミスは次のように展開する。
「こういう事態のもとでは、労働の全生産物は必ずしもつねに労働者に属さない。たいていの場合、かれを使用する資財(資産)の所有者とともにそれを分けあたえなければならない。
 こうなると、ある商品の獲得または生産にふつうついやされる労働の量は、その商品がふつう購買し、支配し、またこれと交換されるべき労働の量を規定しうる唯一の事情ではない。
 賃金を前払いし、その労働の原料を提供した資財(資本)の利潤にたいしてもまた、当然追加量が支払わなければならないのは明白である」からだ。
 さらに「土地がすべて私有財産になると、地主たちは…自然の生産物に対してさえ地代を要求する」から、いまや労働者にとって「追加的価格がついたものになる」という
→ 資本主義の社会になると、商品の価値は、「生産に支出された労働量」によって規定されなくなる。資本家が要求する利潤という追加量、地主が要求する地代という追加量もプラスされ、商品価格には、賃金という第一の構成部分、利潤という第二の構成部分、地代という第三の構成部分入り込む
→ 商品価格の「3構成部分説」が導きだされる。

・注目されるのは、二義の説明のうちAの「生産についやされた労働量」の方は完全に否定されたが、Aの「支配できる・・・労働量」は、次のような形で残される。
→「価格のすべてのさまざまな構成部分の実質価値は、そのおのおのが購買または支配しうる労働の量によって測られる」。その中身が、「労働に分解するか価格部分の価値」は労働者が賃金で購入する生活必需品のことである。

◆第4に、「あらゆる商品の価格は、3部分に分解される」から、さらに進み・・・
「年々の全生産物の価格は、賃金、利潤、地代に分解する」という命題が導出する。「いっさいの交換価値の3つの本源的源泉であり、いっさいの収入の3つの本源的源泉である」
「労働からひきだされたものは賃金とよばれ、資財を運営し使用する人がそれから引き出した収入は利潤とよばれる。土地から生じる収入は、地代とよばれ、地主に属する」
→ これは、マルクスが「三位一体的形式」とよんだ俗流経済学に代表的な見地の原型(スミスのドグマ)

(2)マルクスによる批判
 注目すべき2つの点についてだけ述べる

@三収入構成説のあやまり
・スミス→ 資本主義生産になると、商品価格の中に、賃金のほか利潤と地代などの収入が入らないといけないから、商品の価値はもはや生産についやされた労働の量では規定されないと説明

・マルクスの批判
◆第一、資本主義的生産過程の内部では、不変資本価値の単なる維持と、前貸しされた価値(労働力の等価物)の現実の再生産と、剰余価値の生産の区別があらわれる。
だが「剰余価値のこの取得、または、前貸価値の再生産とまったく等価物を補填しない新価値(剰余価値)の生産への価値生産の分離は、価値そのものの実体と価値生産の本性とを少しも変えるものではない。価値の実体は、支出された労働力―― 労働、といってもこの労働の特殊な有用的性格とはかかわりない労働――以外のなにものでもなく、その以外のなにものでもないものであり続け、また、価値生産は(労働力の)この支出の過程以外のなにものでもない」

 さらに次の点も重要――「商品価値または貨幣が資本価値として機能しても、商品価値“としての”商品価値、または貨幣“としての”貨幣の本性が変化しないのと同様に、商品価値がのちにあれこれの人にとって収入として機能しても、商品価値は変化しない」(資本論U619)

◆第二、労働者にとっての収入は、彼が所有する労働力を売って実現される労働力商品の価値。労賃として受けとられた貨幣は、労働力の価値の貨幣への転化であり、商品、貨幣、商品(W-G-W)という形態変換のなかの、商品の第一の変態(W-G)の結果に他ならない。
 「労賃として受取られた貨幣が、労働者階級の手中でなしとげる諸転換は、可変資本の転換でなく、貨幣に転化された、彼らの労働力の価値の転換である」
→ 労働による価値生産物は、資本家のために、資本家が労働力を購入するために資本価値部分を生産し
(「労働者自身が、自分に支払ってもらうための資本元本をつねに創造する」)、もう一方で、前貸資本価値を超える剰余価値をもつくりだす。―― 労働者の収入の源泉、資本家の収入の源泉は以上のとおりである。

・ところがスミスの「商品価値(生産物の価値 メモ者)が収入の源泉になるのではなく、収入が商品価値の源泉になるのだとする“取り違え”に応じて、いまや商品価値は、様々な種類の収入から『構成される』ものとして現れる」

A年々の生産物価値と年々の価値生産物を同一視するあやまり
・マルクスの批判
1. 年々の生産物価値を年々の価値生産物と同一視する点 2. 労働そのものの二面的性格を区別しない点
「価値生産物は、その地位年間の労働の生産物にすぎない。生産物価値は、そのほかに、年生産物の生産に消費されたところの、ただし前年度および一部はもっと以前の諸年度に生産されたところの、いっさいの価値要素、すなわち、その価値が再現するにすぎない生産諸手段をも含む。―― この生産諸手段は、その価値について言えば、その一年間に支出された労働によって生産されたのでも再生産されたのでもない。この混同によって、スミスは、年生産物の不変的価値部分を巧みに追い出す。

 この混同はそのものは、彼の基本的見解のなかにあるもう1つの誤りにもとづく。
 すなわち、彼は、労働そのものの二分裂的性格 ―― 労働力の支出として価値を作り出す限りの労働と、具体的有用労働として使用対象(使用価値)を作り出す限りでの労働という二分裂的性格――を区別しない。
 年々生産される諸商品の総額、すなわち年生産物全体は、その年に作用する有用的労働の産物である。社会的に使用された労働がさまざまな有用的労働の多岐な一体系のうちに支出されたということによってのみ、これらすべての商品は定在するのであり、そのことによってのみ、それらの商品の総価値のうちに、それらの商品の生産に消費された生産諸手段の価値が、新たな現物形態で再現して保存されるのである。
 したがって、年生産物の総体は、一年間に支出された有用的労働の結果である。
 しかし、年々の生産物価値は、その一部分のみがその一年間につくりだされたのであり、この部分は、まさにその年のあいだに流動化された労働の総量をあらわす価値生産物である」(資本論U605-606)

・スミスの説明のもうひとつの欠陥は、「有用的労働としても、もっぱら生活手段清算部門の生産物だけであり、はじめから生産手段部門の生産物を欠落させていることである」
→ これは、スミスのドグマ 〜 年々の労働による生産物全体、全価格は3つの収入によって構成される—ということの当然の帰結である。

☆マルクスの商品生産労働の二面性の発見の意義
@商品の価値の概念規定(量的規定と質的規定)を正確にすることができた
A資本の直接的生産過程の中で、剰余価値が生産される原因を明らかにした。
ま た、不変資本と可変資本との区別が資本の本質上一義的な区別であることも明らかにした。
B年々の生産物価値(C+V+M)と価値生産物(V+M)との区別により、スミスのドグマを根本的に批判した。
 
 新しい価値の創造とともに、有用的労働として不変資本価値を、生産物に移し、再現することの解明は、、資本の生産過程に対してだけでなく、社会的資本総資本の流通・再生産過程にたいしても内的関連[T(V+M)=UC]を明らかにかぎをあたえている。 

・メモ者/  生産物の価値が、労働量で決まるとまではわかっていたが、使用価値だけでなく、価値も商品そのものに備わる属性ととらえた。だから、資本主義以前では、労働量の大きさできまったが、資本主義では利子、地代が加わると…迷い込んだ。
 使用価値は、労働生産物ならどの時代にも備わっている属性である。しかし、交換価値、価値は、商品交換が
一般化した社会でのみ現れる人と人との関係の表現である(例 5時間の労働と1時間の労働の関係とか)。
  価値や商品とは何か、の徹底した分析がなければ、労働力という商品の発見、剰余価値の秘密を明らかにはできなかった。

(3)スミスの“置き土産”
・スミスの経済学に特徴的なことは、労働を、富を生産する労働を中心にすえること。また、労働の二面性についてふれている場合もあるように見える

→ マルクスの解説
 「スミスは、次のように言う。『等しい量の労働は、あらゆる時代、あらゆる場所において、労働者自身にとって等しい価値をもっているに違いない。労働者は、彼の健康、体力、および活動の正常状態のもとで、また彼の熟練と技能が通常の程度であれば、自分の安楽、自分の自由、および自分の幸福の同一部分をつねに犠牲にしなければならない』(諸国民の富)、スミスは、一面ではこの場合(どこでもというわけではないが)、商品の生産に支出される労働の分量による価値の規定を、労働の価値による商品価値の規定と混同しており、したがって等量の労働はつねに等しい価値をもつということを証明しようとしている。
 他面では、彼は、商品価値に表される限りの労働が、ただ、労働力の支出としてのみ通用することをうすうす感じているが、この支出を、ふたたび単に安楽、自由、および幸福の犠牲としてのみとらえ、正常な生命活動とはとらえていない。
 いずれにせよ、彼は近代的賃銀労働者を眼前においているのである」(資本論Ta 78.79)

→ スミスは「あらゆる物の実質価格、つまりあるゆる物がそれを獲得しようと欲する人に現実についやさせるものは、それを獲得するための労苦や煩労である」と述べている
 スミスの言う「労苦」とは、マルクスの人間的労働の支出の規定、「人間の脳髄、筋肉、神経、手などの生産的支出」(資本論Ta 75)をうすうす感じさせないでもない。しかし、マルクスは、スミスの「労働苦労説」「犠牲説」に対して、彼の近代の賃金労働者を眼前においたとしても、人間の労働そのもの(労働一般)は、「人間の正常な生命活動」としてとらえなければならない、と批判した(資本論T 三篇5章、1節労働過程でくわしく論じている)。

・労働を「人間の正常な生命活動」ととらえず「労苦」「犠牲」とするスミス説は、近代経済学の中では、“置き土産”になっているようである。/このばかばかしいけれど、2つの説にあらわれている。
→ その1、「あと1時間働いて得られる賃金がもたらす効用の大きさと、あと1時間の労働がもたらす労苦、犠牲、不効用の大きさと比較して、後者が大きくなったところまで働き続けるだろう」という説(雇用量の限界不効用説)

→ その2、「労働を1時間減らすと、所得は減る代わりに余暇という安楽・幸福が増える。そこで労働者は余暇と所得の間の選択をおこない、労働供給量を決める」という説(労働供給曲線説)

・ケインズ理論も、スミスと比較すると興味深い。ケインズ理論は雇用理論が中心となっている。
→雇用量が増えると総実質所得が増え、総消費が増える(ただし、ケインズは所得と同じだけ増えないから問題なのだという)という流れは、スミスの「労働生産物の価値 → 各種収入に分解 → 消費される」という流れと似ている。
 ケインズはまた、全体としての経済動向をとらえるのに所得(スミスの収入にほぼ相当)ベースでとらえている。/なお、彼は全生産物の総供給価格をとらえているが、それを把握するには重複という重大な困難があるので、他の企業者から購入するものの価格(ケインズは「使用者費用」と呼んでいる)を差し引いた方がいい、という見地からである。
また、「雇用量を測定する単位を労働単位と呼び、1労働単位の貨幣賃金を貨幣単位と呼ぶ」(ケインズ全集)。「全体としての経済体系の動きを取り扱う場合に用いる貨幣単位を貨幣と労働という2つの単位のみに限定する」という立場をとっている。これは、「価格のすべてのさまざまな構成部分の実質価格は、そのおのおのが購買または支配しうる労働の量ではかれる」というスミス説の復活のようである。

2 不変資本と可変資本との区別を固定資本と流動資本の区別と混同
・マルクスは、固定資本、流動資本というカテゴリーを資本の循環、回転の分析から明確化
→「事故を増殖する価値としての資本は、階級関係を、賃労働としての労働の定在にもとづく一定の社会的性格を、含むばかりではない。資本は一つの運動であり、様々な段階を通る一つの循環過程――この過程自体がまた循環過程の3つの異なる形態を含む――である。
 それゆえ資本は、運動としてのみ把握されるのであって、静止している物としては把握されえない。価値の自立化を単なる抽象とみなす人々は、産業資本の運動がこの抽象の“現実化”であることを忘れている。価値はここでは、さまざまな形態、さまざまな運動を経過し、そのなかで自己を維持すると同時に自己を増殖し増大する」(資本論U 167)

→ 資本は運動である。第一に流通局面、次に生産局面、次に第二の流通局面と、各局面を通過する、自立的な循環の運動である。/(詳しくは後述)、この循環過程で、資本は、貨幣資本、生産資本、商品資本、ふたたび貨幣資本と姿態をかえる。

→ マルクスはさらに、貨幣資本の循環、生産資本の循環、商品資本の循環の3つの形態を区別、分析し、資本の循環がこれら3つの形態の統一であることを、また「現実には、どの個別産業資本も同時に3つの循環のすべての中にいる。資本の3つの姿態の再生産形態である3つの循環は、連続的に相ならんで遂行される」ことなどを明らかにしている。

・資本の直接的生産過程(労働過程と価値増殖過程との統一)の分析で、不変資本と可変資本の区別を解明。これは、価値の自己増殖過程をその本性とする資本の一義的な区別である。

・次に、固定資本と流動資本の区別は、@生産資本においてだけ現れる Aそれを構成する諸要素の価値が流通する様式の違い、また回転の仕方の違いにもとづくものである。

→ 資本の回転/「資本の循環は、孤立した経過としてではなく、周期的な過程として規定されるとき、資本の回転と呼ばれる」 

→ 生産手段のうち労働手段(機械設備)の価値は、生産過程で摩滅した分だけ――耐用年数で割った大きさの価値だけ生産物に移される / 労働対象(原・材料、半製品など)の価値は、そのまま生産物に移される。/これらの生産物(商品資本)が売られ、貨幣の姿(貨幣資本)にもどった時、労働対象の価値部分は、それらを現物で補填するために前貸しされなければならない。/機械設備などの価値の一部分も回収されるわけだが、耐用年数が切れるまでは現物で補填する必要がないから、貨幣の姿のままで積み上げられる(もちろん、資本家がそれを何に使うかは選択肢が多いが)。何年か先に必要になった時、資本家の手元にあった潜在的貨幣資本は現実の貨幣資本に転化され、機械設備の更新のために前貸しされる。
〜 以上は、生産資本の諸構成要素の価値の回転の仕方の違い

・労働力については、価値が生産物に移されるだけでなく、生きた労働により新しい価値がつくられる。
→労働力に投下された価値の回転の仕方は?/「労働力の価値の等価物――それは労働力が機能中に生産物につけ加え、生産物の流通とともに貨幣に転化される――は、つねに貨幣から労働力に再転化され、あるいはつねにその諸形態(価値生産物−貨幣―労働力)の完全な循環を経過しなければならない。すなわち回転されなければならない」
 「したがって、労働力は、価値形成(の役割)の点で、不変資本のうち固定資本を形成しない構成緒部分とどんなに異なるふるまいをしようとも、その価値のこのような回転の仕方は、固定資本とは対照的に、労働力とこの不変資本構成緒部分とに共通である。
 生産資本のこれらの構成部分-―生産資本価値のうち労働力に投下された部分と固定資本を形成しない生産諸手段に投下された部分――は、それらに共通な回転のこの性格によって、流動資本として固定資本に対立する」
〜 以上のように、不変資本と可変資本との区別と、固定資本と流動資本の区別を混同してはならない。

・スミスの場合 
第一/流通局面にある資本、すなわち貨幣資本、商品資本を流動資本とする。/マルクスは「実際には、資本のこれらの二形態(貨幣資本・商品資本)は、生産資本に対立する流通資本ではあるが、固定資本に対立する流動資本ではない」と批判 

第二/ 固定資本と流動資本とを、利潤をもたらす資本投下の2つの特殊な仕方だととらえている/ マルクスは「固定資本によって利潤が得られるのは固定資本が生産過程にとどまるからであり、流動資本によって得られるのは流動資本が生産過程を去って流通するからである。というまったくまちがった説明によって―― 可変資本と不変資本の流動的構成要素とが回転にさいして同じような形態をとるために、価値増殖過程および剰余価値形成における両者の本質的区別が隠蔽され、したがって資本主義的生産の全秘密がさらにいっそうあいまいにされる。流動資本という共通の名称によって、この本質的な区別が取り除かれる。」

第三/労働力を流動資本の項目にいれなかった。かわりに、労賃に投下された資本価値は、労働者が労賃で買う商品の形で、流動資本であるとした/ マルクスの批判「スミスはここで、流動資本を商品資本と混同しているので、労働力を彼の言う流動資本の項目にいれることはできない。それゆえ可変資本は、ここでは、労働者が自分の賃金で買う諸商品すなわち生活諸手段の形態で現れる。(彼によれば)この形態では、労賃に投下された資本価値は流動資本に属することになる」
 「このようにスミスが流動資本という規定を労働力に投下された資本価値にとって決定的なものとして固定したこと―重農主義者たちの前提を欠い(て借用し)た重農主義的規定――によって、スミスは、首尾よく、彼の後継者たちが労働力に投下された資本部分を可変資本として認識することを不可能にした。他の箇所で彼自身もっと深く正しい展開を行っているが、これは勝利をおさめないで、この途方もない誤りが勝利をおさめた。」

第四/労働の維持に投下される資本部分は、資本家に対して資本の機能を果たした後、労働者の収入を形成するとした。/マルクスの批判「可変資本は、まず第一に資本家の手中で貨幣資本として実在する。それが貨幣資本として機能するのは、資本家がそれで労働力を買うからである。それが資本家の手中で貨幣形態でとどまる限り、それは、貨幣形態で実在する価値以外のなにものでもなく、したがって1つの不変の大きさであって、決して可変の大きさでない。それは潜在的にのみ可変資本である
――まさにそれの労働力への転換可能性によって、それが現実的な可変資本になるのは、それがその貨幣形態を脱ぎ捨て、それが労働力に転換されて、労働力が資本主義的過程において生産資本の構成部分として機能するとき以後においてのみである。
 資本家のためはじめた可変資本の貨幣形態として機能した貨幣は、いまや労働者の手中において、彼が生活諸手段に転換する彼の労賃の貨幣形態として機能する。すなわち、彼が自己の労働力をいつも繰り返し売ることから引き出す収入の貨幣形態として機能する。

 ここでわれわれの前にあるのは、買い手――この場合は資本家――の貨幣が彼の手から売り手――この場合は労働力の売り手であるが労働者――の手に移るという単純な事実にすぎない。可変資本が、資本家にとっては資本として、労働者にとっては収入として、二重に機能するのではなく、同じ貨幣が、まず資本家の手中では彼の可変資本の貨幣形態として、それゆえ潜勢的可変資本として実在し、資本家がそれを労働力に転換するやいなや、労働者の手中では、販売された労働力の等価物として役立つのである。
 しかし、同じ貨幣が売り手の手中では買い手の手中にある場合とは異なる別の用途に役立つということは、商品のすべての売買につきものの現象である」(資本論U707-708)

 他方、可変資本は、運動の中で形態転換をすすめるが、それはつねに資本家の手中にとどまったままである。
可変資本の第一の形態、貨幣形態でのV、それは同じ価値額の労働力に転換される。
第二の形態、可変資本が実際に可変資本として機能する唯一の形態(価値創造力がそれと変換された所与の価値にかわってあらわれる)となる。これはもっぱら生産過程に属する。
第三の形態、可変資本が生産過程の結果において可変資本であることを実証した形態――生産物価値に現れる。

 これらすべての変化のあいだ、資本家はつねに可変資本を自分の手中に持ち続けている。「(1)最初は貨幣資本として。(2)次には自分の生産資本の要素として。(3)さらにその次には自分の商品資本の価値部分として、すなわち商品価値で。(4)最後にふたたび貨幣―― この貨幣には、貨幣がそれに転換されうる労働力が、ふたたび相対する――で。
 労働過程のあいだ、資本家は、可変資本を、自己を発現しつつ価値を創造しつつある労働力として手中にもっているのであって、与えられた大きな価値としてもっているのではない」

・マルクスは、スミスのマイナス面が後継者たちにどのように引きつがれたかを多くの例をあげている。
→ リカードにおいては、不変資本・可変資本と固定資本・流動資本の混同が受け継がれている。
「リカードの場合には、スミス敵混同の無批判的な受け入れが、その後の弁護論者たち・・・に比べていっそう妨害となっているだけでなく、スミス自身におけるよりもいっそう妨害となっている。なぜなら、リカードは、スミスとは対照的に、価値および剰余価値をいっそう首尾一貫して、しかもいっそう鋭く展開しており、事実上、世俗的なスミスにたいして奥義をつかんだスミスを固守しているからである」


うーん。やっぱり休みにすることを決心したブログでした。
posted by 井上 at 09:10| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

名前がむかつくけれど、知らない人が多いので、日記にしました。

私は、自分で宣伝しながら(偏見をとく)、講師活動や相談にものっている、精神障害者です。

精神障害というと、響きだけでなんとなく「どう付き合っていいのかわからない」「どんな症状なの」って感じだと思います。
さらには、身体障害と違って、運動が弱いため「手帳」を持っていてもほとんど何の役にもたちません。

これは、顔写真を手帳に入れるかどうかで、運動側の意見が分かれたところ(結局のせないことになりました)に、政府がうまいことつっこんで、「本人確認ができない」との言い訳で、列車の割引などの制度をつかわせないという、信じられない結果と現在はなっています。

さらに、「外来通院公費負担制度」というのがありました。
この制度は、申し込んで許可されれば使える制度ですが、誰も教えてくれなかったので、私も1年以上普通の窓口負担を支払っていました。

制度は、患者の病院窓口で払う金額を3割から5%に引き下げるものです。
私の友人も知らなくて、教えたら「なんでもっと早くおしえてくれんが!」と怒られてしまいました。

しかし、例の障害者自立支援法により、制度が改悪されました。
名前が「自立支援医療」という少しキレかけるような名前になりましたし、窓口負担が1割へと引き上げられました。
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さらに、おまけ的な改悪が、その適用範囲を限定したことです。
以前なら、カゼなどの症状の場合は、「ワンストップサービス」ではないですが、そのまま処方されカゼ薬にも窓口5%負担でよかったのです。
それを、「精神通院」のみに限定されました。
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この、「管理票」を持っている方はなんらかの社会的弱者の場合が多いと思われます。

たとえばうつ病を発症した場合、そのまま職場にいられれば問題がないのですが、解雇されてしまう可能性も少なくありません。
回復しても、次の就職がなかなか難しいのです。
よほど、特殊なスキルでもあれば別ですが。

いずれにせよ、この制度。知られていないので、日記にしてみました。
posted by 井上 at 12:51| Comment(0) | メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする